世界で一番最初にコロナを発見して亡くなった李医師。中国でコロナが発生したとき何があったのか。

中国で発生したと言われているコロナ。

なんとなく中国で始まったということは知っている人が多いと思いますが、一体コロナは中国でいつどうやって始まったのか、いつどこで発生されてどのように広がったのか、中国の百度(日本でいうgoogle)を参考に紹介します。

目次

最初にコロナを発見した李文亮とは

李文亮は1985年10月生まれで、武漢大学の医学部の7年制を卒業し、厦门市(アモイ市)で3年間働き、その後2014年に武漢市に戻って武漢市センター医院の眼科医として働いていました。

李医師がコロナの症状を発見したのは2019年12月、その2ヶ月後の2020年2月7日、35歳で亡くなりました。

奥さんも同じく眼科医で、李医師とは別の眼科医院で働いていました。

二人の間には息子さんが一人います。

警察に阻止された活動

2019年12月30日、李医師が見ていた患者さん達の症状について、重症急性呼吸器症候群(SARS)の検査で陽性が検出されたということを、大学時代の医学部同級生のグループチャット(中国版LINE wechat)にて伝えました。

このようなSARSの症状が7例、確認できたことも同時に伝えました。

大学の医学部時代の同級生はみんな臨床医師だったので、防護服を着用して感染を防ぐよう注意喚起しました。

その後、2020年1月3日、公安局(警察)から忠告書が来ました。

これは李医師が中国版twitter「weibo」で公表した警察からの忠告書になります。

中国では、wechatでのやり取りは国に監視されていると言われていますが、この忠告書では、グループチャット名までも書かれており、SARSの症状が7例出たとの発言に対して、そのような信ぴょう性のない証言をすることは、社会秩序を乱し、中国の法律・規定の違反になると書かれています。

「私たちはあなたの仕事に協力したいので、そのような活動を辞め、静かにするように」と書かれており、その下に李医師のサインが書かれています。

日付を見ると、2020年1月3日にサインされています。

ついにコロナにかかってしまう李医師

その後、李医師はいつも通り仕事をしていましたが、新型肺炎患者を直接診断した後、2020年1月10日、李医師自身に咳が出るようになり、11日から熱が出て、12日から入院しました。

実際にweiboに投稿された内容

その後、どうにかして報告したいと思っていましたが、医師の間では感染がその当時はなく、その後李医師自身もICUに入り、検査をしてもずっと陽性などの結果が出ませんでした。

そして、治療を通して最近新たにもう一度検査を実施したら陽性反応が出ましたが、呼吸困難で何も活動できませんでした。

さらに李医師のお父さんとお母さんもその時入院中でした。

2020年1月31日に投稿されたweiboでは、このようなことが綴られていました。

最後に残したメッセージ

2020年2月1日にweiboに投稿されたメッセージでは、「今日検査で陽性が出て、決着がついた。やっと確認ができた。」と書かれています。

このメッセージを最後に、容態がどんどん酷くなり、2020年2月7日李医師は亡くなりました。

2020年3月6日、国家衛生健康委員会、人力資源と社会保障部、国家中医薬管理局の3つの機関で、李医師を「全国卫生健康系统新冠肺炎疫情防控工作先进个人(全国衛生健康システム新型肺炎ウイルスの予防の先進的人物)」の称号を与えました。

2020年3月19日、武漢市の公安局(警察)は家族に対して謝罪と、李医師に対して警告をした担当を処罰したという文書を発表しました。

中国政府は国民から初期対応の遅れへの批判などを恐れて、李医師のことはあまり報道はしていません。

この李医師のweiboでのメッセージなどが広がり、国民からはこの時点でもっと早く国が動けば良かったという声もたくさんあり、李医師のweiboには数年経った今になっても毎日ようにこの最後の投稿にコメントが止まりません。


コロナを通して私たち日本人までもがアメリカやヨーロッパなどでアジア人差別を受けたり、日本の企業もコロナで大打撃を受けて、コロナをきっかけに中国に対して嫌なイメージを持った人も少なくないかもしれません。

中国は国の力が強いので、李医師のように声明を上げることは大変危険なことです。

それにもかかわらず、自分の危険を冒してまでこのように動いてくれた人が中国にいたことを、日本人にも知っていてほしいと思います。

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